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何か悪い物でも食べたとか 少しでも身に覚えがあればよかったのに そうしたら、もう諦めもつくのに。 09 朝 国王謁見という堅苦しい言葉とは裏腹に、 国王はこの国のように、温厚でおだやかな口調の人だった。 いつだったか、街で見かけたこんなおじさんが ファーストフード店の看板だった気がする。 あっさりと騎士軍入隊を了承して頂いて、 壇上から軽いとは言えない足取りで私の所に来て、そっと手を取った。 皺々の手が、妙に温かく思えた。 「宜しく頼むよ、お嬢さん」 しがれた声で、はっきりとそう言った。 その瞳は、懇願の目だった。 奇跡の子が、この国にとっていかなる者かを その目で語られた気がする。 本当に私なのだろうか。 こんな紋様なんて、いくらでも作れる気がしてならない。 奇跡の子が現れたというのは世間に知れても、 騎士入団は黙っておくということになった。 男社会のこの国では、女の騎士入団は奇跡の子の出現と同じ位、 大事件だということだった。 真っ白い天井を見上げて、ふぅと息をつく。 今日は、身の周りが高速のメリーゴーラウンドのように回っていった。 このまま眠れば、黒船に帰れるだろうか・・・・。 このまま、ずっと・・・戻れないのだろうか。 そう思うと、鼻の奥がツンとした。 鬼のように怖くて、笑顔すら偽りで、血も涙もない人たちだたけれど、 深い所で、私のことを愛してくれていたのだと知っている。 19年間の愛着は拭えなかった。 けど、何となく私はわかっている気がした。 このまま、戻れないって。 感覚で、勘で、感触で。 黒船には二度と戻れないと、不確かな確信があった。 だから、このことを考えるのが辛かった。 見た目とは違い、最新設備の整った部屋の中には驚いた。 洗濯機や冷蔵庫なんて似合いわない家電があるくせに、 どの部屋にもテレビはもちろん、パソコンもなかった。 微妙に似ている、この世界と日本。 次元が似ているけれど離れているものだと、実感させられた。 空の本棚と簡易な机、 真っ白なベット。 床に散らばった、段ボールと衣服。 何もかもが、胸をきゅうきゅうと締め付けてならない。 枕に伏せて、何年かぶりに泣いた。 次の日、体内時計とは恐ろしいもので、黒船に居た時と同様 明け方5時に目が冷める。 現実はあちらだと覚えておくための最期のものだと言ってもいい。 黒船のみんなとお揃いの腕時計が、前の日と変わらず針を指していた。 目の前は白い天井。黒船に戻ってはいなかった。 昨日、着替えずに寝たせいで皺になってしまったドレスを風呂場で洗った後、 二階のベランダに干した。 借りたままのイヤリングとネックレスはタオルの上にのせて机においてある。 真新しい制服に着替えると、気分も少しは浮かれた。 白いVネックのシャツに黒の綿パン。腰に剣を刺すための防具などを付けると 身がシャキっとした。 いつも通りの5キロもある道具を身につける。 誰が、いつ計ったのか、自分にぴったりだった下着には驚いたけれど、 日本ではなさそうな繊維の匂いが鼻につく以外は、着心地がよかった。 タオルを持って、一階の洗面所に向かう。 ダークの部屋は一階の玄関に近い方だと言っていた。 まだ寝ているのか、二人しかいない宿舎はしんとしている。 朝の習慣は、いつも走り込みからはじまる。 持久力がなければ、どんなに腕がよくても話にならないと、 長に口すっぱく言われているからだ。 大体この時間は、私と泉と、第二チームの頭と、その連れで走っていた。 たまに喋りながら、 たまに競争しながら、 冬ならまだ真っ暗な道を、 夏ならもう明るくなった広場を、 宿舎をぐるりと回るその足下は、夏の広場を思わせるほど綺麗な芝だった。 2時間と走り込みの時間は決めているので、 王宮探検をすることにした。 宿舎は王宮の離れと宮殿の間に位置していて、 宮殿から入り口までは、広大な庭園だった。 無駄なところなど一切ない、丁寧に手入れされた庭園は見事で、 走りながら見とれてしまう程だった。 離れは侍女たちの住まいなのか、小窓が多く、そこから洗濯物がたなびいている。 窓から出てる一本の棒に洗濯物が吊るされている光景は、妙だった。 その更に奥には道場らしきものがあった。 い草と少し汗の匂いがした。 その裏手には焼却炉があって、高く積まれた薪がトタン屋根の下に居座っていた。 全体的には、大きく長い城壁が特徴的で、宮殿にいかなければ 街の景色は見れそうになかった。 いくつか門があったけれど、どこも厳重な鍵で締められ、 一人では開けれそうにない。 丁度2時間経った所で、宿舎の前に戻る。 柔軟をしていた所で、ダークさんが宿舎から出て来た。 寝間着なのか、やわらかそうな素材の上下を着て、頭を掻いている。 昨日は綺麗に整っていた髪も、今はもっさもっさで爆発していた。 「早起きだな・・・お前。」 寝ぼけた声でそういうダークさんの目はまだ半分ほどしか開いてなかった。 「おはようございます」 「びっくりすんじゃねぇかよ。起きたらいねーんだから」 それだけ言うと大きなあくびをして、また中に入っていった。 何を・・・・言いに来たんだ? 念入りに柔軟を終えた後は、型から始める。 息を吸い、長い時間をかけて吐く。 型を練習する上でしゅっと空気を切る音は、どこに居たって一緒だった。 ひとしきり練習メニューをこなした時には、もう8時も半ばだった。 この国はのんびりしているのか、この時間になっても しんとしたままだ。 勤務時間は10時からだと言われていたので、朝食を軽く作る。 パンと卵と砂糖、牛乳があったのでフレンチトーストを作った。 フライパンで焦げない様に焼いていると、ダークさんが先ほどと代わり映えしない、 どちらかというとボタンが取れててさっきよりもひどく、 ぼけたような格好で出て来た。 「いい匂いだな・・・」 そう言って机につっぷして、う〜んとかなんとか唸りながら寝ている。 泉も朝弱かったけれど、ここまでではなかった。 上には上がいるな。と思う。 紅茶をそそいで、ミルクと砂糖を多めに入れる。 特別甘党と言うわけではなかったけれど、紅茶だけは甘ったるいのが好きだ。 特に朝は。 「よければどうぞ」 そう言ってダークさんの前に多めに作ったフレンチトーストを差し出すと、 机につっぷしていたダークさんがまるで少年のようにキラキラとした目で見て来た。 体格のいい男のこういう場面を見るとドキリとする。 「いいのか?」 声は低い大人のそれなのに、行動が子供っぽくて可愛かった。 「作り過ぎちゃったんで、食べてもらえると嬉しいです。」 本当は、起きて来たから余分目に作っておいたんだけれど、 そういうことにしておいた。 「いただきます。」 今までの眠気はどこへやら、シャキっと背筋を伸ばして むしゃむしゃと食べ出した。 本当に多めに焼いたフレンチトーストがぺろりとなくなる。 「・・・・・久しぶりにいいもの食ったな。」 それだけ言うと、また机につっぷしてしまった。 今度は寝ぼけているのではなく、本当に寝てしまっている。 「・・・・・変な人」 それしか似合う言葉が浮かばなかった。 BACK * NEXT |