女は弱い
女は儚い

それは只の俺の妄想に過ぎなかった。



08 平手打ち



俺は味わったことのない、もやもやしたものと格闘していた。

女に負けたことに?
自分の実力に自惚れてたことに?


どちらかはわからないけれど、むしゃくしゃとした気持ちは晴れなかった。
次から次に浮かぶ疑問に、誰も応えてはくれなくて、
青い空を見ながら、俺の気持ちは空とは比例して暗くなっていった。

サチは、何者なんだ?
サチは、本当に救世主か?
サチは・・・・・刺客なんじゃないか?


そんな疑問を持ったところでハッとする。
俺は一体、今、何と思った?

刺客?
あれだけ左腕に綺麗な紋様があったのに、まだ疑うのか?


「・・・・くそっ」

落ち着ききれない自分の気持ちに腹が立った。
練習不足を目の前に叩き付けられたようで、胸が痛かった。


「あの・・・」

控え目な声に驚いて後ろを振り向くと、サチがいた。
一瞬驚いたようにも見えたが、サチは眉ひとつ動かさない。

(どういう神経してんだ・・・)


「何だ」

「シアンさんに、ダークさんから宿舎の案内をしてもらうようにと言われたんです」


頭がついていけなかった。
宿舎は一番隊の宿舎のことだろうけれど・・・・なぜそこにサチが?



「私、国王様から許可を頂いたんです。明日から一番隊隊員として、お願いします」


そうペコリと頭を下げたサチに、
俺のもやもやは最大限に広がった。


「ふざけんじゃねぇよ」

「え?」

思った以上に低い声がでた。
俺は、動揺しきっていた。こんなに強いサチに、サチが女だということに。


「女なんかに、騎士が務まるかよっ!」

そう言い切った瞬間にパシンと威勢のいい音がした。
左頬がジンと痛む。

「・・・・って」

「がっかりさせないで。隊長なんでしょ?ダークさん。」

サチは、さっきお願いします。と言った同じトーンで話す。
目を見るのが怖くて、直視できなかった。
俺は、逃げ腰でサチに接していた。


ーーーーがっかりさせないで。


その言葉だけが強烈に残って、頭の中を駆けていっていた。
何回も、何回も、こだまして。


「・・・・親に骨を折られたことがありますか?」


親と言われて思い出すのは、もう亡くなってしまった、
あのあたたかい人たちのこと。
戦争孤児だった俺を拾ってくれて、
しわくちゃの手で、いつも大事に、大切に育ててくれた人たち。
騎士軍に入ったのを、誰よりも喜んでくれた。

あの人達からもらったものは、あたたかさと愛情だった。


「・・・え?」


「私は何度もあるわ。憎しみではなく、強くなるためにそうされたの。」


そう言い切ったサチの目をみると、真っ直ぐに俺を見ていた。
反らすことなく、きっちりと俺を捕らえて。


「物心ついたころからいつだって私の周りは敵だらけだった。」

わかっていたはずなのに、改めて言われると自分の不甲斐なさに情けなくなる。
俺はわかていたじゃないか。
彼女の腕の痣がどういうものか。
無数の刀傷が、彼女が日頃どういうことをしていたのか。

わかっていた筈なのに。


「努力もしないで身につけた力じゃないわ。馬鹿にしないで。」


俺の頬を叩いた手をもう一方の手で握りしめたまま、
悔しそうにサチは言った。


俺は馬鹿だ。
変なプライドなんかに固執して、本来の姿を見ようともしなかった。
俺は、最低な馬鹿やろうだ。


「・・・・すまない。」

「私・・・ダークさんを追い越してみせますから。」

思いもしなかった言葉に、唾液を飲む喉の音が、大きく思えた。


「女なんてって言われないように、誰よりも強くなってみせます。」

そう言って俺から目を離さずに言ったサチは、
強くて、眩しい目だった。
俺が忘れていた、" 強くなるための覚悟"が見えた気がした。


「期待してるよ」

やってやろうじゃないか。
サチに越されないように、俺だって、今からでもいくらでも強くなれる。
こんなに面白い奴に出会うのは、久しぶりだ。

さっきのもやもやが嘘のように晴れて、
今は、すがすがしい気持ちにすらなった。

微笑んで、右手を差し出すと、サチは申し訳なさそうに手を合わせた。
俺よりも幾分小さい、女の手。
けれど、誰よりも努力した、傷だらけの手だった。


「・・・あの、さっきぶったりしてごめんなさい。」

無表情の中にも申し訳なさそうな声色をしながらサチは言った。


「効いたよ。俺が悪いんだから気にするな。」


そう言うと、サチの表情が少しだけ柔らかくなった気がした。





王宮の中にある、一番隊の宿舎は、100年前に創設されたのを裏付ける程
古くて危なっかしい建物だ。
4人ごとに住めるようになっているそれは、3つ横並びに並んでいた。
一番隊は9人だったので、今空いている所は、俺だけが住んでいる
一番端の宿舎だけだった。

綺麗に手入れすれば、どこぞの洋館のような外見なのだろうけれど、
長年育ったツルによって、幽霊屋敷にも見えないことはない。

中は築100年を祝して、ビートを散々脅して改装してもらったので、
使い心地は悪くない。むしろ実家より使い勝手がいいくらいだ。

中は、一階が水回りと部屋二つ。二階が部屋二つと便所、洗面台と
ちょっとしたバルコニーのようなところがあるだけだ。

外見だけでビビる侍女は少なくないけれど、サチは予想外に平然としていた。
しまいには、素敵な洋館ですね。などと言い出した。
サチが住んでいた所は、これよりもひどかったのだろうか?


玄関を開けると、いつのまにか届いたのであろう、サチ用の
騎士軍服が置いてあった。
あの、温厚でたっぷりと髭の生やした、新しいもの好きの国王が嬉々として
用意させたのだろうと安易に想像がついて、顔がひきつる。


「これ、サチのだってよ」

そう言って段ボールをよいしょっと持ち上げて、サチに渡す。
あ、しまった。と思ったときには、段ボールはサチの手の上にあった。
こんなに重いんだったら、部屋に持って上がってやるべきだったと
思っていたら、サチはなんてことない。ひょいと持ち上げた。
俺の半分もない腕は、何とでもなさそうに段ボールを支えている。

「ありがとうございます。」

正しくそう発音して、まるで中身は何も入っていないかのように
サチは俺が指差した自分の部屋へと軽やかに階段を上がって入っていった。


「・・・・すげー女」


いろんな意味で、今日は女について改めさせられた気がする。






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